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不屈の魂・ぶれない目標と状況変化への対応〜アレックス・ザナルディに学ぶ

彼の事については、何度書いたか分かりません。
それでも、自分の中では今のタイミングで改めて書く意味があるんで、書かせてもらいます。

困難な状況から這い上がって、それまで以上の活躍を見せたアスリートの物語。
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アレックス・ザナルディ(Alex Zanardi)

◆F1~CART転戦時代
よく考えたらWikipediaにもっと詳しく書いてありますが(^o^;
俺からの視点という事で。

F1ドライバーの火の玉小僧アレッサンドロ・ザナルディのイメージが強い方が多いかもしれませんね。
でも、俺にとってはCART(現インディカー)のアレックス・ザナルディのイメージが強烈過ぎます。

F1では鳴かず飛ばずで、1996年からアメリカのCARTに活動の場を移したザナルディ。
ちょうど、NHK BSでCARTを録画中継してたんで、食い入るように見てましたよ。

それまでF1しか見た事がなかった俺、衝撃を受けました。
何故って?

破天荒過ぎる(笑)

それを象徴するのがこれ。
シーズン最終戦のラグナセカ、伝説のアレックス・パス(The Passとも言われてます)が生まれたのがココ。
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こんな破天荒さの中心に常に居たザナルディ。
1996年はルーキー・オブ・ザ・イヤー。
1997年と1998年はシリーズチャンピオンに輝きます。


CARTをずっと見てきたジャーナリストに「意味不明」と言われる強さ

サスペンションアームが曲がってまっすぐ走らないのに勝っちゃう。
ペナルティーを2回も食らって最後尾に落ちたのに、20台以上抜いて勝っちゃう。

ただの観衆だった俺も、訳分からんかったですよ。
凄過ぎて。

でもねー、良い人なんですわ。
CARTもてぎ初開催前の事前テストの模様。
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人多過ぎ(笑)写真撮ろうとする俺も必死過ぎ(笑)
でも、ちゃんと最後まで対応してくれて、俺も無事にサイン貰えました♪
これは一生の宝物です。

そういえば2001年5月開催のもてぎでは、予選で自分の出走が終わった後にグランドスタンド裏で何故かブラブラ歩いてて、そこに居たファンと記念撮影してたりもしました(笑)

そして、CARTで得た実績を手に1999年にF1へ復帰しますが、またしても鳴かず飛ばず。2年契約だったのに1年でクビになっちゃいました007.gif

1年のブランクを得て、2001年にCARTへ戻ってきたザナルディ。


この期間の彼のモチベーションの源って何だっただろう。
目標設定と言い換えても良いかもしれません。

単純にレースを楽しみたい
レースに勝ちたい
ファンを喜ばせたい
F1クビになった後「いつレースに復帰するんだい?」と祖母から言われた

最後の一行以外は本人が言った訳じゃないですが、そうじゃないかなーと思ってます。
※彼の自伝は持ってるんですが、洋書なので全然読めてません(笑)






◆アクシデント
2001年9月。
アメリカの同時多発テロ911が発生した週の週末だったと記憶してます。
ドイツのラウジッツリンクでのCARTレースは、予定通り開催される事になりまして。

とにかく、この時のザナルディは速かった!
久々に勝てるんじゃね??
てかなりの人が思ってたと思います。

でもね。
ピットアウトした時に、冷えたタイヤに対応出来ないでスピン。
そのままレースをやってるコース上に飛び出しちゃって、300㎞/h以上でレースしてた他車に横から突っ込まれる、いわゆるTボーンクラッシュになってしまいました。
(画像はネットにいくらでも転がってるんで、興味ある方はググって下さい。色々とグロいので、ここには載せないよーにします。)

これにより、両脚を切断。
出血多量で生命の狭間を彷徨います。

状況は随時CARTのホームページで更新されてたんで、1週間くらい経って彼が目を覚ましたってニュースには心底ホッとしたのを覚えてます。

クラッシュしちゃった側の人は、今もインディカーでたまに名前を見かけるアレックス・タグリアーニ。
当時、相当落ち込んだそうです。
俺もレースやる中で他車を巻き込んでクラッシュさせちゃった経験は山ほどありますが、やっちゃった方がやられた時より精神的にキます。
しかも、今回は相手の全快は見込めない。
辛かったでしょうね。

でも、ザナルディの奥様はタグリアーニにこう言ったと聞きました。
「貴方は、どうにもならない状況の中で必死に避けようとしてくれた。だから、夫は生きている。ありがとう。」
この言葉が無かったら、タグリアーニのレーサーとしてのキャリアは終わってたかもしれませんね。

奥様は、ザナルディが昏睡から醒めた時、失った両脚の事を思うと涙で何も言えなくなってしまう。その時、ザナルディが発した一言。
「何を泣いているんだ。僕は生きてるじゃないか。」

もうね、この夫婦、凄過ぎますよ。
この話聞いた時、それぞれ涙腺崩壊。

この頃のザナルディのモチベーション・目標は
息子を肩車して歩けるようになりたい
でしたね。

その後のリハビリは想像を絶したと思います。
両脚に義足を付けて、一人で歩けるように訓練する。
でも、彼は半年でそれをやってのけた。
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半年後の写真が見当たらなかったのでずいぶん後の写真になっちゃってますが。。。
こんな感じです。
彼の自伝の裏表紙に、息子さんを肩車している写真もありました。
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見事に目標を達成しましたね。

でも、彼の物語はここで終わらない。
むしろ、ここからが本番。


◆モータースポーツへの再挑戦
リハビリ完了後、イギリスツーリングカー選手権(BTCC)にフル参戦を果たすザナルディ。
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マジかよ、って思ったもんです。
彼の為の特別仕様書を作ったBMWもそれを認めたレース主催者も凄いけど、そもそもまたレースに出たいと考える事自体が、俺の理解を超えている005.gif

しかも、何回も勝っちゃってる。

やっぱり意味不明(笑)

この頃の彼の目的は・・・
またレースを楽しみたい
だったんでしょうかね。
この辺りからは、憶測がかなり増えますがご了承ください。
でも、目標がどんどん変化していった事には変わりないですね。


◆ハンドサイクルとパラリンピック
そして、彼はふとしたきっかけで、ハンドサイクルと出会います。
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いわゆる、手で漕ぐ自転車ですね。
そして、この道具を使った競技に挑戦する事になりました。

その結果・・・
ロンドン・パラリンピックで金メダル2つ・銀メダル1つ。
リオ・パラリンピックで金メダル2つ・銀メダル1つ。
出場したレースすべてで銀メダル以上を獲得っていう、とんでもない事をやってのけました。
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この時の彼の目標は、ちょっと情報を持ってなくて分かりません。
が、自分は勝手にこう受け取りました。
人間の可能性を示した。

自分のコントロールが効かないようなアクシデントが発生して、以前よりは自由がきかない生活を強いられることになってしまった。
それは、誰にでもある事だと思います。
彼はそれを受け入れ、順応して、さらなる力を手に入れた。

でも、彼の目標は一貫していると思っています。
自分が楽しみたい。
家族と周りの人達を笑顔にしたい。

ぶれない目標を持つ。
それを忘れなければ、自分で制御ができない状況変化にもしなやかに対応していける。
それを、形として見せてくれました。
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俺が尊敬するアスリートを聞かれたら、こう答えます。
野茂英雄
イチロー
アレックス・ザナルディ

本当に、彼のファンで良かった。
俺も、今は目標ができています。
目標に向かって、ゆるやかに、しなやかに、言動を選択していけるようになるようにしていきます。
まだまだ、道半ばではありますが・・・015.gif008.gif


◆おまけ
俺の2個目のカート用ヘルメットのデザインは、ザナルディのデザインのほぼ丸パクリです。
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3個目の現用ヘルメットは、基本デザインを拝借しました。
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俺の、ザナルディに対しての思いと捉えていただければ、幸いでございます。





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by yamori-v1 | 2016-11-19 05:59 | モータースポーツ観戦 | Comments(0)

CART好きが転じてKARTにはまりWWEのカート・アングルをリスペクトするカート三昧な生活。twitterでは@99yamorin01で呟いてます。


by yamori-v1
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